オスロからベルゲンへの移動は、電車からの風景がとっても好き。
荷物が多くなってしまったのと、半日かけて行くのはちょっと難しいため、今回は飛行機で行くことに。
まもなく着陸という時間になると、何百(何千?)という連なった島々が見えてくる。
入り組んだ海岸の形がよく見えて、地図を眺めているようでわくわくする。
空港から市街地へのバスに乗ろうとした時、降っていた雪が雨に変わった。
西の海岸沿いの街は、暖かい。
雨の街ベルゲン。
中央駅でバスを降り、すぐ近くのベルゲン図書館へ。
大学時代の友人を訪ねるためだ。
友人はこの図書館の音楽部門で働いている。
作曲を学んだ後は司書の勉強をしたいと音大在学中に言っていた。
彼女の仕事場は、楽譜やCD、音楽の本がぎっしり並んでいる。
楽譜スペースでは、音楽の話をしている学生がちらほら。タンブラーやマグカップを持っている。
話してはダメ、飲食ダメ、ではない。
この図書館で友人は、週に1回ほど館内で歌ったりギターを演奏したりする。グランドピアノもある。
ミニコンサートは1曲。1曲でちょうど良い。
もうちょっと聴きたい、え?もう終わり?くらいが良い。
「はい、ただいまより始めます」も必要ない。
気がついたら始まって、空気のようにすっと消えていく。
ぬくもりのある図書館。
友人と同僚のやりとり。交わす言葉と笑顔は、お互いの思いがたしかに通っている。
友人に連れられて私もすました顔をして従業員の通路を通り、
窓から公園が眺められるデスクに腰掛けて、従業員用のキッチンで紅茶を淹れた。
関係者なのか、そうではないか。ボーダーを気にしている人は、どうやら自分だけみたい。
友人が同僚に私を紹介してくれて挨拶すると、「よく来たね」「良い時間を過ごしてね」という言葉をかけてくれる。
決まっている自己紹介のやりとりには表れない、気持ち。
幼いころ、家を訪ねると必ず「よく来てくれたね」と言って迎えてくれたおじいちゃんを思い出す。
小雨になったので、友人の仕事が終わるまで、久々のベルゲンをぐるりと散歩。
グリーグの像は、中心部だけで2つある。グリーグゆかりの街である。
夕方、仕事を終えた友人と図書館のなかのカフェで待ち合わせ。
所蔵書について、視聴できる音楽や映画について、図書館のいろいろなことを教えてもらった後、夕食の買い物へ。
バス停に向かっていると雨が強くなって、どしゃぶりに。
スーパーに駆け込んだけれど、買い物を終えても雨が弱まる気配はない。
友人の家に着いて、雨で濡れたコートをストーブの近くに干す。
部屋には、ずいぶん古そうなレコードプレーヤーがある。
グレン・グールドや、きっと相当昔のレコードが積み上がっている。
窓から見えた薄暗い景色。どんよりした雨の日の過ごし方を、この街に暮らす人はわかっている。
友人と自分が オスロで学んでいた頃は、辛いというか耐える時期だったように思う。
最後に会ったのはオスロでのコンサートに来てくれた時で、ゆっくり話す時間はもてなかったのだけれど、
前に話したときより、なにか階段を一段のぼったような思いになれたこと。
成長した、成熟した、と表現するとそれとは違うのだけれど。
難しい話や専門的な会話ではない。日々のこと、ふと考えついたこと。
そういう関係を続けられている。
頻繁に連絡をとってないけれど、たまに思い出してくれる人がいる。
絶対に忘れないでいてね、と求めてはない。
友人の部屋で、一言目を口にする前に涙がこぼれて、一緒に静かに泣いたこともあった。
もうずいぶんと昔のはなし。
そんなことを思い出しながらグリーグの家トロルドハウゲンに向かう。
ここに来ると、あぁベルゲンに来たなぁと思う。
息を吸って、吐いていることを実感できる場所。
お気に入りのチョコレート屋さん、古着屋さん、セカンドハンドの店、カフェ。
ベルゲン滞在の数日のあいだ、友人は一つずつ自分で見つけて出逢ってきた大切な場所を順番に案内してくれた。
セカンドハンドの店で、再生できるのかどうか怪しいレコードを手に取る友人。
ジャケットも中のビニールもボロボロ。
友人はそのレコードを買い、手さげに入れた。
その日の夕食は、友人のお気に入りのお店で。
店員はピザばかり運んでいる。大学に近くて、学生が集まるお店らしい。
「ご馳走したい気持ちだから」という素直な気持ちに対して、こちらも素直に嬉しい気持ちになる。
友人にお礼を言って、お店にも美味しい料理をありがとうと感謝して、店をあとにした。
オーディションがあった日。
駅に寄って、好きでよく買っていたラテを買う。
コーヒーマシンの使い方が分からず戸惑っている様子のおばあちゃま。
サイズはどれにする? ミルクの量はどうする? シロップは入れる?
一つずつ順番に質問をして、最後には蓋も閉めてあげる。
もったいないくらいの感謝の言葉と笑顔をくれた。
思わず抱きしめたくなった。そんな気持ち。
急いでいたし、大事なオーディションに向かう途中だったけれど、
ラテを両手で抱えてベンチに腰かけるそのご老人の隣に、少しだけでも一緒に座ってそばにいてあげたかった。
動きやすいリュック。雪でも歩けるスニーカー。雪が降ってきたからニット帽子をかぶる。コートは雪だらけ。
この服装で、オーディションの会場に到着し、受付の人に自分の名前を伝える。
紅茶とコーヒー、どっちが良い?
紅茶も色々フレーバーあるから選んでいいよ。あ、僕のおすすめはこのベリーのやつね。
ノルウェーで、拍子抜けする経験は、初めてじゃない。
よかったら周りの公園も散歩して行ってね。
帰り道に考える。
この坂道をこの先も行き来する人生か、そうならないか。
それは分からない。
この場所がもうこれっきりになっても、
今この坂道をてくてくと下っているこの一歩をふみしめる。
次の日は、疲れはたまっていたけれど朝早く目覚めた。
早朝のベルゲンは、とても澄んでいた。